2012.10
vol.6
下り坂では後ろ向きに
「いつまでも若々しく、前向きに生きていたい」という人が回答者の82%を占めたとNHKが独自のアンケート結果を報じていた。解説者は「なんと8割を越える人が若々しくありたいと思っているんですね」と驚いてみせる。「若々しく前向きに」と言われれば誰だって「はい」と答えたくもなるだろう。むしろ気になるのは「若々しく前向きに生きようとは思わない」または「思えない」という18%の人のことだ。ここは「なんと2割もの人が若々しく前向きに生きようとはしていないんですね」と驚いて欲しかった。
「若々しく」を広辞苑で引くと「未熟な」「大人気ない」とある。「未熟で大人気ない」年寄りが「いつまでも前向きに」と頑張れば迷惑する人も多かろう。今、求められるのは「若々しい未熟」よりも「したたかな成熟」なのではないか。「老練」で「老成」した技こそ求められている。「前向き」というのも気がかりだ。作家の五木寛之さんが「下山の思想」(幻冬舎)を説いている。登山の後には下山がある。私たちが直面しているのは発展と成長の後に、いきなりやってきた下山の時代をどう生き抜くかということかもしれない。
「下り斜面では後ろ向きに走る。膝への負担が激減して、これがまた、とても気持ちいい。いつも前向きでは、疲れがたまる。人生も、下り坂では前向きではなく、ふふ、後ろ向きがいいかもしれない」(「下り坂では後ろ向きに」岩波書店)と首都大学東京教授でドイツ文学者の丘沢静也さん。
ところで先日、焼酎片手に寝転がってテレビを見ていたら「あなた、少しは前向きにやること無いのっ」の声が飛んできた。いや失礼。
vol.5
少子高齢化は進歩の証
高齢化、少子化の流れが止まらない。このままでいけば2100年には日本の人口は3800万人を切り、高齢化率は40.6%(現在は19.6%)。世界1の高齢国になると総務省国勢調査は警鐘を鳴らします。早速、「さあ、大変だ」の声が聞かれますが、これ、本当に大変なんですか。
狭い国土に1億3千万人に上る人間が犇(ひしめ)く世界有数の過密国日本。一昨年来の人口減少はむしろ歓迎されることなのでは、と思っていたら国連人口基金事務局長のババトゥデ・オショティメインさんが日本の新聞に「少子高齢化は衛生、環境、医療、保険にわたる政治的成果」だという投稿をしていました。なるほど1カップルが5人、6人の子を生み平均寿命が50歳を切る国の衛生、医療環境が著しく劣っていることを考えれば少子高齢化は胸を張っていいことでしょう。数少ない政治的成果なのに何故日本政府は胸を張らないのか。
おそらくは消費拡大を前提にした20世紀の成長神話に未だしがみついているからなのでしょう。80年代ファッション化社会の牽引力となった大量生産、大量消費社会にきっぱりと終止符を打ち、成長しない社会を受け入れる。今、その覚悟が問われています。経産大臣の枝野幸男さんが新著「叩かれても言わねばならないこと」(東洋経済新報社)のなかで成長しない社会に向けて今こそ「脱近代化」を、と説いています。「坂の上の雲」は豊かさを与えてはくれたが幸せを与えてはくれなかった。幸せとは国家の豊かさではなく国民の自己実現によって叶えられるものという提言は与党政治家の逃げ道とばかりはいえないリアリティーを持つものです。フランスの社会人類学者レヴィ・ストローク(1908-2009)が言い残したことばを思い出しました。「地球は人口30億人位のときが一番麗しかった。60億を超える人間がいる地球に興味はない」。